【かぞくの食卓-table talk-】第7話:介護も仕事もひとりより、ふたりで。山ノ食堂さんの万能タレ

【かぞくの食卓-table talk-】第7話:介護も仕事もひとりより、ふたりで。山ノ食堂さんの万能タレ

ライター 徳 瑠里香

子育てや介護、家族のケアと向き合っていると、視野が狭くなって、息が詰まってしまうことがあります。自分の色が薄くなり、家族といるのに“ひとり”だと感じることも。

家族のケアが手離れしたとき、私の生活はどうなっているのだろう。自分の居場所はどこにある?

「かぞくの食卓-table talk-」第7話は、子育てと介護を担ってきた、50代の女性ふたりが営む「山ノ食堂」にお邪魔しました。実家でも家庭でもない、第三の家族のようなふたりのお話です。


日々まかない飯を囲む。“分身”のようなパートナー

神奈川県相模原市の商店街の小道に、昭和の時代からそこにあるように佇む山ノ食堂。店主の増川さん(55)と西本さん(50)が、40代で始めた食堂、ときどき喫茶店です。

朝8時にお店に来て、ランチの準備をする厨房では、それぞれの持ち場で、ご機嫌なリズムが刻まれています。

手際よく盛り付けられる柚子塩のポテトサラダ、青菜と切干大根と紫菊の和えもの、高野豆腐と茄子の揚げ煮。じゅわーっと唐揚げを揚げる音。お米を炊くガス釜を開けた瞬間に湧き上がる湯気。漂うほうじ茶の芳しい香り。

山ノ食堂のたしかな味を支えているのが、季節の手仕事からなる調味料たち。冬の柚子、春の山菜、夏の神楽南蛮、秋の林檎。自宅の庭や実家の畑に実る季節の恵みを瓶に詰め、お店の味に活かしながら、家庭の食卓にも届けています。

例えば「山タレ」は、しょうが焼きや肉じゃがなど、さまざまな料理をラクにおいしくしてくれる万能調味料です。仕事と子育てと介護に奔走してきた、ふたりの家庭の知恵のおすそ分け。

増川さん:
「私たちがお店で丁寧につくるから、おうちではラクしてねって気持ちでいます。主婦でもある私たちが家庭でラクをするために生まれた調味料なので。自分たちの得意な手仕事で、誰かの力になれたらと思う日々でございます」

山ノ食堂名物「3段ホーロー弁当」

11時からランチ営業を開始し、客足が落ち着いた15時頃にふたりでほっと一息、まかないを囲みます。

西本さん:
「私たちも家庭では丁寧に料理はしていないんです。帰宅が19時を過ぎてしまうこともあるから、家族揃って食卓を囲む時間がないほど慌ただしい。でも、お店ではいつもふたり揃ってまかないを食べています」

増川さん:
「打ち合わせをしながら、30分程度だけど。家族よりも、一緒に食卓を囲んでいるかもしれないね。娘はお友だちとお店に来ると、『母の分身の西本さんです』って紹介するんです」

お互いを「98%信頼しきっている」というふたりはそれほど、息の合うパートナー。厨房に立ち、まかないを囲み、談笑するふたりの間には、家族のような温度感が漂っています。


喫茶店と宿。実家の味がつないだふたり

「育った環境と、家庭の味が似ているのよねえ」

そう目を見合わせるふたりは、神奈川の喫茶店、新潟の宿を営む家にそれぞれ生まれ育ち、家族の暮らしと商売が隣り合わせにありました。

実家の喫茶店と宿から集まった食器たち

喫茶店のナポリタンやカレーライス。塩抜きした沢庵のきんぴらなど、保存食を活かした副菜。冷蔵庫に並ぶ、自家製のタレ。記憶と舌に残る“家庭の味”がふたりを結びつけることに。

増川さん:
「友だちを介して出会ったのは30代。西本さんが出店する食のイベントで、新潟のお母さんが振る舞ってくれたお漬物に惚れ込んじゃって。その味が忘れられず、平屋で食のイベントをするときに、西本さんを誘ったんです。

ふたりとも、結婚と出産を機にOLを辞めて、子育てをしながら自宅でパン教室をひらいたり、お菓子を焼いてイベントに出店していた頃で。何者かにならなくてもいいんだけど、何者かになろうとしていたんだと思います」

西本さんが旅先のタイで見つけたホーローの3段弁当箱に料理を詰めて、食のイベントで届けたのが山ノ食堂の原点。

意気投合したふたりは、ともに予約制のごはん会や料理教室をひらくように。そのうちに自然と、人が集える場所をつくるという共通の夢を抱きます。


介護があっても、手放さなかったこと

お店を構えるための物件を探し始めて5年が経つ頃、街を歩いて見つけた元八百屋を改装し、2019年に山ノ食堂をオープン。それから7年。

ふたりが出会って15年の間、お互いの生活の真ん中には、子育てと平行して介護がありました。お店を始める前に西本さんの母、お店を始めた直後に増川さんの父が倒れ、実家や病院に通ったり、介護の方針を家族と話し合ったり。心も体も落ち着かない日々の中でも、山ノ食堂は手放さず、ひらき続けました。

増川さん:
「西本さんが営業日も『行ってきなよ』と送り出してくれて。途中、お店を閉めようと思ったこともあったんですが、ここにいるとほっとする自分がいるんです。

西本さんと出会う前から母の介護は続いていて、心身ともに弱っていく姿を見るのはいつも切ない。でも、ここに立ち寄れば、また明日があるって気持ちを切り替えられました」

西本さん:
「家庭には持ち込みたくない負の感情を増川さんと共有できたのは大きかったです。介護のしんどさも、話して少し客観的に見ると笑い飛ばせる。ここではご機嫌な自分でいられるんです」

増川さん:
「今を生きている自分と一緒に生活している家族が壊れてしまっては、父も母も喜ばない。家族だけでなんとかしようとせず、施設や西本さんに頼ることで、自分の生活を守ることができました。

家族でもない赤の他人だけど、私たちはひとりより、ふたりでよかった。ひとりが弱っているときに、もうひとりがもう少しがんばってみる?と声をかけて踏ん張れる。介護もお店もひとりではやっていけなかったと思います」

西本さんが母を看取った翌年に、増川さんの父も他界。家庭とは離れた場所で、ふたりは介護の痛みも親との思い出もわかち合ってきました。


何者でもない、自分でいられる居場所

主婦から40代でお店を始めたことで、ご自身や家庭にも変化があったそう。

西本さん:
「肩書きが“お母さん”だった頃は、家事も料理もやらなくちゃと意気込んで、周囲と比較してはできてないことによく落ち込んでいました。

でも、山ノ食堂を始めてからは物理的にできる時間がなくなって、家族が家事を分担してやってくれるようになったんです。家庭ではみんなが対等で、できる人ができることをやるスタンスに。おかげで、私は私と思えるようになりました」

増川さん:
「息子と娘も自立して、今の我が家はシェアハウス状態です。家にいたら私は飼い猫と同じようにだらんと過ごしてしまう。それはそれで心地がよいですけれど。

お店に立てば食堂のおばちゃんとして、人間らしくいられる。子育てを卒業した私が、誰かのために動ける。お店は社会の窓のような場所ですかね」

母でもなく、娘でもなく。家庭の役割とは離れて、自分でいられる居場所を探して、見つけて、育んでいるふたり。

西本さん:
「増川さんに絶大な信頼を寄せているから、分担して任せて、自分の仕事に集中できる。ふたりだから、ひとりでがんばりすぎないでいい。好きなモノも好きな味も似ているから、居心地がいいんです」

増川さん:
「外から見たら何者かになったように見えるかもしれませんが、私たち自身は何も変わっていません。何者かになったわけではなく、山ノ食堂という自分らしくいられる器ができたんだと思います」


誰かのために、手を動かし続ける

お話を聴く間、ふたりは何度も「誰かのために」という言葉を発していました。その根底にある想いは?

増川さん:
「スットコドッコイで、みなさんに助けてもらってばかりなので恩返しをしたいんです。あとはやっぱり、家族のために、お客さんのために、手を動かしてきた母が施設に入って、母らしくなくなっていくのを目の当たりにしたので……。自分たちが誰かのために手を動かせるこの場所を細く長く続けていけたらいいなって」

そのためにふたりは、60代に向けた“働き方改革”も進めています。

西本さん:
「なんでもかんでもふたりで完結しようとしていたけど、違う人の力も借りて、この場所を育てていきたいと思っているんです。ふたりじめしないでね。自分たちだけじゃなく、ここを訪ねる人にとっても居心地のいい、ほっとできる場所にしていきたいです」

家庭でも職場でも習い事でも。自分が今いる場所で、誰かのために手を動かす。何者かにならなくても、他者と関わるその先に、自分の居場所ができていくのかもしれません。ひとりではなく、ふたりから。

他者との関わりは、家族や友人など既存の言葉では定義できない、ふたりのような関係もあるのでしょう。曖昧だけれど、たしかな関係性。

家族であっても、言葉の定義に身を委ねず、肩書きにはめこまず、誰かのために、自分の持ち場で手を動かす。その間にきっと信頼が育まれていくのだと、ふたりに教わりました。


醤油とみりん各200ml、酒100ml、ざらめ100gを鍋に入れて、沸騰したら弱火で15分煮て「山タレ」をつくる。粗熱が取れたら容器に入れて、冷蔵で2週間ほど保存可能。

▼アレンジレシピ:野菜の揚げびたし

山タレと水各50ml、黒酢小さじ2を混ぜたつけダレに、茄子や蓮根、かぼちゃなど、揚げ焼きした野菜をそのまますぐにつける。大根おろしや生姜のすりおろしを添えても◎

西本さん:
「万能な山タレは、1リットル単位でつくって冷蔵庫に常備しておくと安心ですよ。和の定番おかずの味がささっとブレずに決まります。茹でたり、焼いたりするだけの日も、山タレがあればごはんがすすむ。頼りになるんです」

photo :井手勇貴

山ノ食堂

飲食業界やイベント運営のスタッフなど、それぞれに経験を積んだふたりが2011年より予約制のごはん会や料理教室、 ケータリング業などを開始。2019年に弁当、惣菜、瓶詰のお店「山ノ食堂」をオープン。ホーロー三段弁当やプリンアラモードなどの名物メニューを提供し、地元を中心に年齢問わずファン多数。お店の味をそのまま家でも楽しめる瓶詰の販売も。著書に『「山ノ食堂」の12か月 ごはんとおやつと瓶詰めと。』(主婦と生活社)がある。

感想を送る